中国の権力闘争では、内部で生死をかけた泥仕合が演じられる。圧倒的多数の国家が採用する選挙という民主的で公正な手段がないためだ。元最高指導部メンバーの周永康、元重慶市トップの薄熙来を巡る激烈な闘いがその良い例だった。
闘いの武器は、当時の首相、温家宝の親族を巡る巨額の蓄財疑惑。そしてトップへの就任が決まっていた習近平の親族の資産問題などだ。中国の特殊な政治体制の下では、情報の真偽と別に政治的な利用価値が優先される。
ここに租税回避地(タックスヘイブン)の利用という闇が絡む。今回、「パナマ文書」の暴露で再び注目を浴びた問題である。租税回避地に設立したペーパーカンパニーを使った蓄財問題は、中国の政局を動かす情報戦の主役だ。
■ルールなき闘いと周永康事件の闇
周永康は共産党中央政法委員会書記として公安(警察)、武装警察を動かす権力を一手に握っていた。習指導部は既に周永康を断罪。汚職や機密漏洩の罪で無期懲役が確定した。周永康は当時、職権を乱用して最高指導者らの電話を盗聴し、機密情報を集めた。いざという場合に備えていたのだ。
盟友だった薄熙来を、引退する自らの後釜として最高指導部入りさせ、この分野を核に院政を敷く。そして野心家の薄熙来を持ち上げ、習に対抗させる狙いもあったとされる。2012年春、薄熙来の失脚で周永康は焦っていた。薄熙来の周辺ばかりではなく、自分の秘密を知る人物も中央規律検査委員会によって次々、拘束されたのだ。このままでは危ない。そこで賭けに出る。乾坤一擲の反撃だった。
「周永康は様々な手段で反攻を試みた。最初の標的は温家宝。周永康の周辺の人物らが様々な手法で温家宝のマイナス情報を内外で流した」。当時の事情を知る人物の証言だ。温家宝は12年3月の内外記者会見で、失脚前の薄熙来を明確に批判していた。
温家宝の家族の疑惑とは、総額27億ドル(約2900億円)もの不透明な蓄財の存在だ。当時、中国版LINE「微信」を通じて広く流布された。実際、周永康の意を受けたとみられる人物らが、中国本土以外に出て、情報を拡散した例もある。
この結果、「民衆に近い総理」というイメージは、一気に地に落ちた。まさに情報戦である。真偽とは離れて、蓄財疑惑の流布自体が命をかけた政局の材料だった。情報は偏っていた。周永康に関する記述がない。彼の後ろ盾だった元国家主席、江沢民の親族に絡む情報もなかった。多くの中国指導者らの親族が大筋、似た蓄財をしているにもかかわらず。
同じ頃、北京の著名な左派系論客は「『紅い歌』をうたう運動をした薄熙来が捕まり、万が一にも周永康にまで手を付けるなら、温家宝も同じ罪で捕まえるべきだ」とすごんでいた。
■令計画問題もバージン諸島絡み
逆の例もある。租税回避地の利用を巡るスキャンダルを主流派が利用する場合だ。14年に失脚した前党中央弁公庁主任の令計画。前トップ、胡錦濤の官房長官役という大物だけに、追い落としの過程では様々な手が使われた。標的は令計画の親族の資産問題だった。
京都の観光地、高台寺の「ねねの道」に近い石塀小路。「ここが有名な邸宅ね」。和服の貸衣装を身にまとった若い中国人女性観光客らが、今は営業していない料亭の建物前で記念撮影をしている。中国人客で埋まった京都の一風景だ。
この潤心庵は、中国人著名実業家が令計画の親族にプレゼントしたとされる資産だ。登場するのは12年3月、高級車フェラーリの事故で謎の死を遂げた令計画の息子である。この資産を巡っては、令計画の基盤だった共産主義青年団(共青団)系の別の指導者の名前も取り沙汰された。
潤心庵の取引には、租税回避地である英領バージン諸島に設立されたペーパーカンパニーが関係していた。令計画と死亡した息子、妻、実弟で多くの機密情報を持って米国に入国したとされる令完成の資産問題は、中国のインターネット上で様々な情報が飛び交った。
令完成の身柄については、中国当局が米政府に引き渡しを強く要求しており、米中間の外交問題にもなっている。令完成の押さえている最高指導部に関する機密情報が暴露されれば、中国の政局に計り知れない影響を与えるからだ。
現指導部は、令計画の一族と、共青団系の人物らのスキャンダル情報を中国内で真剣に遮断しなかった。このため、当局が容認した内容だと受け止められていた。
いずれにせよ複雑な取引に租税回避地が利用され、真の持ち主が分かりにくい構造となっている。パナマ文書に登場する中国指導者の親族問題と同じだ。
今回、流れた習近平の親族を巡る情報は数年前に既に出ている。12年には当時、国家副主席だった習近平の姉夫婦ら親族が巨額の資産を保有しているとの報道が世界中を駆け巡った。今回の情報も習本人ではない。親族の休眠会社だ。習の母は、息子のトップ就任を前に親族に資産整理を命じた。「就任後の問題がないとすれば打撃は少ない」。北京の政界ではこんな受け止め方が多い。
とはいえ今回は、元首相の李鵬、前最高指導部で序列4位だった賈慶林、元国家副主席の曽慶紅らイメージが良くない人物の親族と一緒に習の親族情報が流れた。現役の最高指導部メンバーである劉雲山や張高麗の親族も含まれる。
習が進める「反腐敗」運動は真の巨悪は捕まえない“にせ物”。権力闘争の道具にすぎない――。こんな認識が中国の一般社会で一段と広がりかねない。習指導部は今、中国内への情報流入をできる限り遮断している。4月上旬には首都での植樹活動に習を筆頭に最高指導部7人が全員参加した。久々の一致団結のアピールだった。
「非西側勢力を狙った撹乱(かくらん)戦術で、プーチン大統領や、習主席も標的にされた」。パナマ文書に関して共産党内部ではこんな見方が目立つ。党機関紙、人民日報系の国際情報紙である環球時報も大筋、似た論陣を張った。だが、いわゆる西側でもアイスランドの首相が辞任。英首相のキャメロンまで窮地に立つ。中国の認識は的を射ていない。
■中国・杭州のG20で議題に
パナマ文書は極めて政治的な問題だけに、中国外務省も外国メディアの質問に正面からは答えられない。「曖昧なもの」として答弁を避けている。
各国の財政を圧迫する課税逃れ問題は、5月の伊勢志摩での主要国(G7)首脳会議ばかりではなく、9月に中国・杭州で開く20カ国・地域(G20)首脳会談でも議題になるのは必至だ。折しもG20の議長は、親族の租税回避地利用が取り沙汰される習近平、その人だ。国際的に注目を集めるだけに、さばき方は難しい。
中国では来年、5年に1度の共産党大会が開催される。「ポスト習」が絡む最高指導部人事が焦点になる。このルールなき闘いを前に、虎視眈々(たんたん)とパナマ文書の政局への利用をうかがう勢力が内部にいる可能性がある。習の一枚看板である「反腐敗」に逆風が強まっている。(敬称略)
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