「習近平(中国国家)主席には、台湾問題は自分の得意分野だという自信があったのだろう。だからこそ油断が生まれ、うまくいかなかったのかもしれない」。中国共産党内から聞こえる声なき声である。
習近平は、30代前半から40代後半にかけて16年以上も台湾の対岸にある福建省で政治家としての経験を積んだ。いわば第2の故郷である。最後は省のナンバー2である省長として台湾資本を福建省に引き入れる仕事を担った。
■習と台湾企業の深い関係
その目標は遠大だ。中台統一への第一歩として、資金力とともに政治上の影響力を持つ「台商」(台湾の有力企業家ら)を福建省に招き入れる「統一戦線工作」である。その経験から、習は台湾問題には誰よりも詳しいと自負しているはずだ。
証拠が手元に残っている。1999年、代理省長に就いたばかりの習は、福建省で日本経済新聞などのインタビューに応じた。まだ46歳の若さだった。当時は、台湾総統だった李登輝が中国と台湾に関して「特殊な国と国の関係」とする「二国論」を提起した直後。中台関係は大揺れだった。
習はまず、李登輝について「でたらめばかり」と激しく非難した。一方で「台湾からの投資者は既に福建省に相当な基礎を作った。彼らは統一を信じており、逆流させることなどできない」と言い切った。
今や、台湾経済は、世界第2位の経済大国になった中国にかなり依存している。中台融和へ道筋を付けるのに貢献したという自信があったからこそ、習は昨年11月、シンガポールで国民党の馬英九との歴史的な中台首脳会談にも踏み切った。
周囲がお膳立てしたのではない。一部にあった慎重論を抑えて、習が自ら主導したトップ会談である。その効果は中国の期待を大きく裏切るものだった。上手の手から水が漏る――。これが習の心境だろう。
「中国にすり寄り過ぎ」。台湾の人々が抱いた不安は、国民党離れを加速する。さらに、「天然独」と呼ばれる勢力を勢いづかせ、1月の総統選で中国と距離を置く民進党の蔡英文大勝をアシストする思わぬ結果になった。
当然、中国共産党の内部でも批判が出た。通常、中国共産党は対外政策、台湾政策などでは「一枚岩」という姿勢をとる。万が一にも敵を利することのないように、である。しかし、それは当然、表向きの話だ。今回の場合、内部での声なき批判が、思わぬところで表に出てしまった。
それが、先にこのコラムで紹介した中国のインターネット新聞「無界新聞」を巡る事件だ。習に党と国家の職務から辞任するよう要求する檄文(げきぶん)が、ネット上に掲載されてしまったという前代未聞の大事件である。そこでは習の“罪状”として台湾政策の失敗まで挙げられている。
「香港、マカオ、台湾問題の処理では、鄧小平同志の英明な『一国二制度』構想を尊重しなかったため、民進党が台湾の政権を得るのを許し、香港で独立勢力の台頭を招いた」
痛いところを突いている。まさに党内の「開放派」「開明派」が抱いている不満である。かくも中国の権力闘争は激しい。集権に成功した習だったが、台湾問題でこんなに悩むことになるとは思いも寄らなかっただろう。
■威圧効かない「天然独」
台湾政局のキーワードとなっている「天然独」とはなにか。生まれながらの独立派。台湾は自然に独立しており、改めて言う必要さえない、と考える若い世代を指す。年齢層としては、30歳未満が主流だ。2014年、経済面での中国への過度の依存に反対して、立法院(国会に相当)を占拠した「ひまわり学生運動」の主役らである。
彼らは中国の武力行使を招きかねない「独立」を声高に叫ぶのではなく、台湾の現状を追認する。新思考の“穏健派”でもある。とはいえ生まれ育った台湾への愛着は強く、信念は固い。中国共産党は、はるかに遠い存在だ。
だからこそ、旧来型の発想しかない中国は対処に困っている。結局、「一つの中国」という共通認識を得たと中国が主張する「92年コンセンサス」を認めるよう新総統、蔡英文に迫るぐらいしか手がない。
「認めないのなら、両岸(中台)関係は基礎が崩れ、地が動き、山が揺れる」
習もかつてこう述べたことがある。台湾への武力行使まで臭わせる脅しだ。トップ自ら威圧の言葉を吐いたにもかかわらず、「天然独」への圧力にはならず、かえって逆効果だった。
台湾政界では、既に「天然独」を直接のバックとする新政党「時代力量」が台頭している。先の立法委員(国会議員に相当)選挙では5議席を獲て、民進党、国民党に続く勢力に躍り出た。
「今後の台湾政局のカギを握るのは、ひまわり学生運動を担った『天然独』世代の動きであり、その勢いを吸収し重要な存在になっているのは、黄國昌氏が率いる新政党『時代力量』だろう」
台湾政治、中台関係に詳しい中央研究院(台湾総統府傘下の有力シンクタンク)の林泉忠は分析する。「天然独」は5月20日の蔡英文・新総統就任式の隠れた主役である。
今回の総統選で民進党躍進の原動力にもなった「天然独」が、今後の選挙でどんな行動をするのかは読めない。蔡英文も対中関係を考える際、「天然独」の動向を常に気にすることになる。
■「雨傘」と「ひまわり」の落差
ここで問題となるのが香港の現状である。2014年、香港のトップを選ぶ直接選挙の手法を巡って盛り上がった学生中心の「雨傘運動」。それは中国によって事実上、潰された。台湾の「ひまわり学生運動」が既に政治的な力を得たのとは対照的だ。
その経緯をつぶさに見てきた台湾の「天然独」は、中国が台湾統一に向けて口にする「一国二制度」を信じるはずがない。中国の強権的なイメージが「天然独」の広がりを後押しするという皮肉な結果を生んでいる。これは今後の中台関係、そしてそれが跳ね返る形で米台関係にも影響する。
「天然独」の存在は、日台関係にも無関係ではない。蔡英文は昨秋の訪日の際、あえて首相の安倍晋三との密会が流布されるような行動を取り、その故郷、山口県まで訪れた。安倍政権、日本との近さを演出する戦略は、先の台湾総統選でも一定の効果があった。
現状を分析するなら「天然独」は、日本に比較的、よいイメージを抱いている。しかし、これから先もそうなのかは不明だ。
台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がシャープを買収するなど日台の経済関係は強まりつつある。経済を軸に日台関係を一段と進化させるには、日本も「天然独」の動向を注視する必要がある。(敬称略)
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