知っている人は知っているが、知らない人はまったく知らないのがゲームの世界。実は今年、2016年はゲーム界にとって記念すべき年だ。「ドラゴンクエスト」が30周年、「ポケットモンスター」「バイオハザード」が20周年を迎え、「三国志」30周年の記念作が発売されるなど、人気シリーズが相次ぎ節目を迎える。1983年の任天堂によるテレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」発売で始まったゲームソフト戦国時代をしぶとく勝ち抜いてきた覇者たち。世代を超えて支持される秘密は何か。
■生き残りに必要な2つの要素
ゲームソフト業界は栄枯盛衰が顕著な「つわものどもが夢の跡」の世界だ。一時は爆発的な人気を誇っても、ブームが過ぎた、もしくは続編が不発に終わると廃れるのも早い。30年前の86年といえば米ソの冷戦末期で、流行語の新語部門に「ファミコン」が選ばれたころ。隔世の感があるが、「ドラクエ」などがその当時から生き残ってきた秘訣は何だろう。
ゲーム雑誌「週刊ファミ通」の編集長を長らく務めた業界ウオッチャーの第一人者、カドカワの浜村弘一取締役は「コンテンツの世界観と資金力。これに尽きる」と言う。
「ドラクエ」シリーズは、主人公のどこにでもいそうな普通の若者らが、ふとしたきっかけで世界を救う運命を背負い、モンスターと戦いながら冒険を続け、最後に世界支配をもくろむ魔王を退治するというストーリーで一貫している。モンスターを倒せば経験値や所持金が増え、その分だけ主人公が強くなる仕組みで「ロールプレイングゲーム(RPG)」と呼ばれる。人々から情報を仕入れて秘密を解明する、謎解きの要素も含まれている。クリエーターの堀井雄二氏らが第1作以降、制作に携わっており「世界観が保たれている」(浜村氏)という。
コーエーテクモホールディングスの人気シリーズ「三国志」や「信長の野望」は、領主や大名などになって合戦や内政運営を通じ、天下統一を目指す。生みの親であるシブサワ・コウ氏が長らくゼネラルプロデューサーを務めてきた点はドラクエに似る。シブサワ氏はコーテクHDの前身である「光栄」を創業した襟川陽一社長と同一人物。経営者自身が生み出し、発展させた旗艦ソフトだけに、軸にブレはない。
■発達するハード、膨らむソフト開発費
いずれも基本的な枠組みを忠実に守りながら、ファンの声を丹念に拾って次作のバージョンアップに生かしてきた。コーテクHDのシブサワ氏は「ファンと二人三脚で世界観を磨いてきた30年だった」と振り返る。
ただ、ファミコンからスーパーファミコン、プレイステーション(プレステ)などへとゲーム機の能力が上がり、表現できる音楽や画像の質が向上すると、開発費は雪だるまのように膨らんだ。1本作るのに数十億円かかることはざらで、100億円近くかかる場合もあるという。
巨艦ソフトを継続的に世に送り出していくためには企業自らの業容拡大も不可欠。コーテクHDの場合はこうだ。「三国志」などのヒットを引っさげて91年に光栄として店頭市場に株式を公開し、約120億円を調達。2000年に東証1部にコマを進め、09年に海外市場での人気ゲームを持つテクモと経営統合し、現在の「版図」を築いた。
「ドラクエ」のスクウェア・エニックスももとをたどれば別会社。「ドラクエ」と並ぶRPGの2強とされる「ファイナルファンタジー(FF)」シリーズが看板だったスクウェアは、FFの映画化で興行的に失敗。01年、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)に約150億円の出資を仰いだが、グループのゲームソフト卸、デジキューブの経営不振(のちに破綻)などもあり、03年に「ドラクエ」のエニックスとの合併を選んだ。ゲームソフト業界は、国取り合戦のように合従連衡を繰り返してきたわけだ。
■攻め込む新勢力、主戦場は携帯に
だが、こうした巨艦ソフトの時代も転機を迎える。ファミコンのような据え置き型から携帯電話やスマートフォン(スマホ)にデバイスが進化するなか、ソフトにも“軽量化”の波が押し寄せた。まず携帯を主戦場にソーシャルゲームのディー・エヌ・エーやグリーなどが台頭。ただ課金システムに批判が高まり、業界が自粛したことから勢いを失う。下克上の主役は「パズル&ドラゴンズ(パズドラ)」のガンホー・オンライン・エンターテイメントや「魔法使いと黒猫のウィズ」のコロプラ、「モンスターストライク(モンスト)」が人気のミクシィなどに取って代わられた。
開発コストは多くても10億円程度と、巨艦に比べればはるかに安価。消費者には専用機器が要らず、基本的な遊びなら課金もないという手軽さが受けた。株式市場の評価もうなぎ登りで、ガンホーの時価総額は13年に1兆円を超えたほか、ミクシィやコロプラも14年には5000億円を上回り、スクエニHDやコーテクHDを凌駕(りょうが)していった。
小回りの効く航空機が巨艦に勝利したと言えるかもしれない。だが、戦国史はまだ終わらない。足元では巨艦ソフトの逆襲が進行中だ。時価総額をみるとスクエニHDは約3500億円と、コロプラ(約2600億円)を再逆転し、ミクシィ(約3500億円)と抜きつ抜かれつの大接戦。コーテクHDも昨年にグリーを抜き、コロプラとの差をじわじわと縮めつつある。14年度と15年度の株価騰落率を比べてもスクエニHDやコーテクHDのほか、「実況パワフルプロ野球」を抱えるコナミホールディングスなど巨艦勢は底堅さを保っている。
■巨艦ソフトの逆襲
高精細な画像や音楽、複雑な操作性、作り込んだ世界観などは携帯では実現困難とされてきた。だが、スマホの登場と高機能化を受け、巨艦のタイトルを冠した派生作がスマホに進出しているのだ。それが受け入れられるのは「中身にまず外れがないという信頼感を持つ消費者が多いから」(SMBC日興証券の前田栄二シニアアナリスト)。野村証券の山村淳子アナリストは「長寿シリーズがどんな端末でも遊べるようになったことで、ソフトの寿命がさらに延びた」と指摘する。
実際、アップストアのゲームカテゴリーでは「モンスト」や「パズドラ」といった、おなじみのタイトルが並ぶスマホ向けのダウンロードランキング上位に「ドラクエ」などの巨艦が食い込んできている。株式市場でも「スマホゲームは飽和状態で、投資しにくい銘柄が多い」(DIAMアセットマネジメントの武内邦信上席ポートフォリオマネジャー)などの声が目立ってきた。資本市場にそっぽを向かれれば一段の版図拡大には打撃。やはり巨艦ソフトを軸に、乱世は平定されるのだろうか。
「没入感がすごい。試してみましたか」。コーテクHDのシブサワ氏らは話がバーチャルリアリティー(仮想現実、VR)に及ぶと身を乗り出す勢いで魅力を語り始めた。VRは目を覆う格好で頭部に装着し、自分がゲームなどの中に入り込んだような感覚を味わえる端末だ。
■デバイス進化で待ち受ける「創造的破壊」
「VR元年の今年はゲーム業界の転換点になる」。業界関係者は一様にこう指摘する。今年は米フェイスブック傘下の米オキュラスが春にVR端末として「オキュラスリフト」を、SCEが「プレイステーション VR」を今年上半期中に発売する。コロプラが昨年11月にVR関連の子会社を立ち上げるなど、スマホ向け各社も注力し始めた。
ゲームソフト業界は新たなデバイスが誕生するたびに、創造的破壊を伴う新陳代謝を繰り返してきた。VRの登場で競争の次元は一段階進む。ファミコンやプレステのような日本オリジナルではないVRでは、ゲームの開発競争も世界で横一線だ。根強い人気を誇る巨艦ソフトでも、対応に遅れれば版図を失うことになりかねない。技術革新がある限り乱世は続く。ゲームソフト業界は再び、風雲急を告げている。
〔日経QUICKニュース(NQN)高橋徹、原欣宏〕
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